無意識下の日本語影響力

2020年10月1日

おとなの音読クラスで、興味深い現象がありました。
音読クラスに通いはじめて4年のベテランの生徒さん。お年は70才目前の男性。
I have a daughter who can spin gold out of ordinary straw.
Rumpelstiltskin(ランペルスティルツキン)という物語の一文。
これを音読してもらったところ、ordinaryまではよかった。
CD通り。いつも熱心にCDを聞いておられるので読みがなめらかだ。
安心しきっていたら、最後のstrawのところ、「わら」と読んでしまった。
各単語の上部に日本語の意味を併記しているのだが、ordinaryまで英語で読んだのに、最後の最後だけ日本語で書かれた部分を読んでしまったー(^_^;)
クラスは笑いの渦。他愛もない間違いのように生徒さんには映っていたようだ。
無意識のところで、なじみの深い日本語に引っ張られてしまったのか。
日本語に引きずられないようにするためにも、徹底して英語の音に触れ、口に出すことが必要である。それも、中途半端な回数ではだめなんだと再確認した出来事でした。